バチン!

それはもうなんとも原始的な音を立て、突然トレミーの中が真っ暗になった。
敵襲かと頭から血の気が引いたのもつかの間、すぐさま流された艦内放送によって私はほっと息をつく。
操作ミスによる事故だなんて、そんな暢気に言っていて良いのかとも思ったが
スメラギさん自身がそう放送をかけてくる位だから大丈夫なのだろう。


「せっちゃん平気?」
「ああ、問題ない。」


とりあえず同じ室内にいる刹那に声を掛けてみれば何時も通りの無愛想な声が返ってきた。
広くはないと言え、流石に真っ暗になってしまうと位置が把握できない。
刹那達のようにガンダムマイスターなら、そういう訓練もあるのかもしれないけれど。

非常灯とかつかないのだろうか、と真っ暗な中で視線を這わすがそれらしい物は見当たらない。
設備していないという事はないだろうから、恐らくそれすらも停電の対象という事なのだろう。
(本当に大丈夫かプトレマイオス)



「せっちゃん」
「何だ」
「もうちょっとこっち、来て」


その私の言葉に、刹那が無言になる。
もしかして照れているのか。可愛いやつめ。
にやにやしながらそう言えば、ベットのスプリングが軋むのと同時に刹那の匂いがふわりと鼻腔を擽る。
その動きからして、やはり刹那は暗闇の中でも辺りの様子を伺えるようだ。


「せっちゃん、私のことみえてる?」
「ああ」
「ふーん…」


自分だけ見えないというのもなんだか居心地が悪いものである。

恐らく刹那がいるであろう方向を見て名前を呼んでみた。
なんだ、と意味もない呼びかけにも律儀に返してくれる刹那が可愛くて愛しいと思う。
なんでもない、と返せば、そうか。と返ってききた。 とことん律儀な子だ。


「せっちゃん」
「なんだ」

「抱き締めてもいーい?」


スプリングがギシリと軋んだ。 (ああ、動揺してる。可愛い。)
ふざけるな、と少し焦ったように吐き捨てられてもそんなことでめげる女ではない。 刹那に関しては。
じゃあ抱き締めて、 と言葉を変えれば今度は沈黙が返ってきた。
畳み掛けるように私は言葉を連ねる。



「私、暗いの苦手なの。不安だから刹那が居るんだって、安心したい」



神様、嘘をつきました。

真っ暗で怖がるほど、乙女じゃないけれど。 でもこれ位の嘘なら許して下さい。
だって刹那が素直で可愛いから、いたずら心がくすぐられちゃうんです。



私の言葉を真に受けたのか、刹那がぐっと息を飲むのがわかった。
だんだんと暗闇に慣れて来た目が、刹那の苦悶の表情を捕らえる。

そうして、意を決したようにおそるおそる私にその身を近づける。



そして、その華奢な両腕を私の体の両脇に伸ばした瞬間



「あ」



ぱっ と一瞬目の前が真っ白になる。
と、同時に私の視界にはっきりと頬を染めた刹那の表情が映って、 電力が戻ったのだと理解する。
私を抱き締める、という事で頭がいっぱいだったらしい彼は私の反応より一歩遅れて、両腕を瞬時にひっこめた。
その顔は もう暗闇じゃないから平気だろう、とでも言いたげである。

あとちょっとだったのに。

内心不満たらたらだがこれ以上刹那に求めても邪険にされるだけなので大人しく諦める事とする。







停電の2分半



(2008.08.11 Alice)