「…目くらい閉じてよ、せっちゃん」 本日何度目かになる口付けのあと、唇をそっと離せば目の前の瞳はキスをする前のままで 思わずためいきが零れてしまう。 刹那が私にキスを許してくれたのはつい最近のこと。 嬉しくて嬉しくて、隙さえあれば何度も何度も口付けていたらある日物凄く怒られた。 ので、ここ何日かは反省して、1日に5回までルールを施行しているというのにこの有様で、 こちらがどんなにタイミングを見計らって、恋人らしくキスを仕掛けても 当の刹那本人は何のことはない様子でキスに応えることは愚か、目すら瞑らないのだ。 かといって勿論1日に5回までルールは続行しているわけで、なんだか損をした気分になるのである。 「ねえ、せっちゃんってば」 「なんだ」 キレイな瞳を見つめながら、たまには刹那からキスしてよ、と言いかけて やめた。 どうせ返ってくる言葉はわかりきっていますから。そこまで自惚れてはおりません。 刹那は理由もなく突然そういうことをするなって、怒るけど 理由がないなんて刹那が勝手に思い込んでいるだけで、私からしたら納得のいかない文句なのだ。 今だってそう、刹那のツンとした横顔を眺めているだけで胸がうずうずしてる。 これって立派な理由だと思うんですよ、だからキスする。ほら全くもってごく自然の行動! まあ刹那からしたら 好きだからキスする、だけの理由じゃ理由にはならないんでしょうけど。 だがしかし残念なことに、今日の分は先程のキスで上限に達してしまったのである。 まことに残念である。 「…せっちゃーん」 「なんだ」 「キスして」 諦め半分自分から言っておいてなんだけれど、 驚いた。私は至極驚いた。 「せ、せつな」 「なんだ」 キスをしたからである。私からじゃない。ルールは守ります、大人ですから。 この目の前のすました顔をした年下の男の子が、キスをしたのだ、自分から。 ほんの一瞬の出来事だったけど、疑うこともなくキスだった、ちゃんとキスされた もしかしてしてと言えばしてくれたんだろうか。 誰にでもしちゃうんだろうか。まさか、そんなことはないだろうけど。 あんまり動揺したものだから、そのまんま口から台詞が飛び出してしまった。 刹那は少しだけ怪訝そうな顔で私を見ている。 「こんなことオマエにしかしない。しろと言われたってしない」 …ええとつまり、私にしかキスはしないし、けして「して欲しい」と言われたからした訳じゃなく 刹那がキスをしたかったからしただけ、そういうことだろうか。 よく考えれば刹那からキスをしてくれるのはこれが初めてだったのに。 もっとちゃんと味わいたかったな、もうほとんど驚きで薄れちゃった。 「…そんな可愛いことしておいて、ただですむと思うなよ!」 「なっ おい、なにを」 イノセント・グラヴィティ (2008.08.23 Alice) |