「結婚しよう」 目で追う文字と同時に部屋の中に澄んだ声が通る。 開いたページに栞を挟んでソファに転がし、寝転んだ体を起こした 顔を出して見たドアを大きく開け放して、そこに白蘭さまがにっこり笑って立っていた。 ぱちくり、2回瞬きをしてもう一度彼を見るけどまったくおんなじ笑顔 言い放たれた言葉を思い返しながら、なにかまたよからぬ企みでも始まるのか、なんて すこし訝しげな顔でそんな白蘭さまを見返してみる。 たいてい、ああいう顔をして楽しそうな時はろくなことを考えていないもので 「失礼だなあ、その顔。」 「生まれつきです」 そんな私に彼はようやく表情を崩してこちらへゆっくりと歩み寄る。 私はというと、そんな彼の到着を待たずとして、ソファにまた体を埋めた 足元に転がしたさして興味はないけど、暇つぶしにはなる小説を手探りで探す。 指先にあたる硬い感触を頼りに手繰り寄せようとすれば、それは何者かに取り上げられてしまった 「…かえして」 「僕が居るんだから、暇つぶしなんて必要ないでしょ」 白蘭さまは訴える私に悪びれた様子もなく、手にしたそれをごみ箱にあっさりと落としてしまった アルミにぶつかるハードカバーの乾いた音を聞きながら嘆く、 ああこれで今月3冊目の犠牲者だ。 独占欲と言うか所有欲と言うのか、所謂そういうものが彼には人一倍ある気がしてならない 「まだ途中だったんですけど」 「ちゃんは僕のことだけ考えていればいいの」 そう言って白蘭さまは私の前髪を掬って、空いた額にキスを落とす ふわりと香る彼特有の甘いにおいに、思わず下唇を噛んでしまった。 反射的に瞑った瞼の裏を眺めながら思う、そんな私の様を見た白蘭さまはいつも至極嬉しそうにしている。 「怒ろうと思ったけど、ちゃんが可愛いから許してあげる」 ほら、ね 開いた視界にいっぱいに拡がる白。 白蘭さまはとくべつな笑みを浮かべていて (他人が見たらいつもとかわらないんだろうけど、他人よりは彼に興味があるつもりなので) そうしてこの顔をした後には必ずいつもみたいに、甘く、貪るような 一瞬だけ、真剣な顔になった後、私の顎に指を掛けて 唇にキス。 「ねえ、」 「好きだよ」 囁かれるように、内緒ばなしみたいに、白蘭さまが私だけに聞こえる声でそう言う。 私も、と囁き返せば、彼はとても嬉しそうに目を細めて笑った 結婚しよう ほんの何分か前に聞いたのと同じ台詞を彼はまた並べて笑う。 今度はなんにもいわずにただ、すなおに頷いた 「健やかなる時も… アレ…なんだっけ?」 じゃあ今しよう、今すぐ、ここで、結婚式! そう言って子供みたいにはしゃぐ彼が何処からか持ち出した真っ白なドレスとタキシード。 純白のヴェール代わりに部屋に飾ってあったカサブランカを一輪髪にさし、 一番日当たりのよい窓の近くへと2人腕を組んで足を進め、準備は完了だ。 私の髪を耳へ掛けなおした彼の手がカサブランカに触れる ( 雄大な愛、ねえ …なんてお似合いなんでしょう ) 「なに笑ってるの?」 「 ひみつ」 夫、白蘭とともに生きていくことを誓います。 ちょっと畏まった口調でそう言って見せれば、彼はちょっと面食らった顔。 少し間を置いて、ああ、そんな感じだったかも なんて、今度はいたずらな顔に早変わり 「夫、白蘭は、妻 とともに生きていくと誓い、ますか?」 「あったりまえでしょ」 「もーちゃんとやって」 「ごめんごめんって、怒ったら可愛い顔が台無しだよ。」 「よけいなお世話です」 「ふふ、 もちろん 誓います」 では、誓いのキスを 白蘭さまがそう言って私の唇を指でなぞる。 私は一度だけ瞬きをして、ゆっくり瞳を閉じた ふわりと鼻腔を擽る甘い香り そして甘い口付け 「愛してる」 |
(2010.03.09 Alice) |