特に興味はないテレビ番組の音が流れる部屋でマスターと二人。
二人で座るには十分な広さのソファで、マスターは俺にぴったりくっついて座ってる。
いつもならそんな俺たちの間に割ってはいる騒がしい我が姉君はまだミク姉の所なのだろう


マスターが大好きな生クリームを乗っけたココアは珍しく半分以上も残っていて、
溶け出したクリームが甘い香りで部屋を満たしていく。



「甘さ、足りなかった?」

「え?」


ぼうっとテレビを見入っていたマスターは俺の言葉にきょとんと首を傾げてみせる。
パチ、パチ 二回瞬きをしたところで、俺に向けられていたそれはテーブルのマグを捕らえた

するととたんに申し訳なさそうに、マスターの表情が沈んでいく。
よっぽど口に合わなかったのだろうか それにつられてこっちも気持ちが沈んでいく。
大の甘党であるマスターの好みは、もうすっかり熟知してるつもりなのに。



「違うの、あのね、とっても私好みの味で美味しいんだけど、 ね」


もごもごと口を濁したマスターに今度は俺が首をかしげる番
言いにくそうにする彼女の言葉を待って、口をつぐんで右往左往する瞳を見つめる。

うろうろソファーを彷徨っていた視線は、ようやく観念したようにゆっくり俺に戻ってきて、
少しだけ口を尖らせて、拗ねた子供みたいに恥ずかしそうにマスターは口を開いた。



「あのね、昨日からね、ちょっと歯が痛くて…」



歯が痛い その単語に申し訳ないけどちょっと吹き出しそうになった。
ああ、歯医者嫌いなマスターらしいや。 痛いと言えば治療に行けと言われる、と黙っていたのだろう。

俺よりも年上で大人なはずのマスターには、意外とこういう子供っぽいところが多い。
病院が嫌い、注射が嫌い、辛いカレーが嫌い、 などなど。



「ひどいの?」

「…、うん」



眉を下げるマスターの頭を俺はよしよし、と何度も撫でる。
そんな俺にマスターはレンくぅん なんて甘えた声を出して抱きついてきた

明日にでも歯医者に行っておいでよ、そう言う俺に彼女は胸の中でやだって子供みたいに首を振る。
注射されるもん、歯医者キライ 予想通り駄々をこねるマスター
そんな彼女の声を聞きながら、俺は先日テレビでみた話をぼんやり思い出した。




「ねえマスター知ってる?」



虫歯ってキスするとうつっちゃうんだよ。



俺の声にマスターはぴたりと動きを止めた。
レン君にもうつっちゃう?もごもごとマスターは呟く。
ボーカロイドでもうつっちゃうかもね。そういう俺にマスターはうううう、と奇声を発した



「…ついて来てくれる?」


「リンも一緒に3人で行ってあげる」



しばらくの沈黙の後、じゃあ 行く とマスターの拗ねた声が聞こえてきた。
いい子いい子ってまた彼女の髪を撫でる。マスターはもう少しだけ擦り寄った



 もちろん、うつるなんていうのは口からでまかせなんだけれども。







昼下がりのアマリリス

(2010.04.14 Alice)