狭くてちょっとだけ薄暗い納戸に響くパソコンのキーボードを叩く音。
外で大合唱を続けている蝉達にも負けず劣らずの規則性と正確さをもって、
次々奏でられていくそれには心底感動したりするけれども、
それとこれと、今私が至極つまらない思いをしていると言う事実の言い訳にはけしてならない訳で。


「ちょいと佳主馬くん」


ごろりと寝転んだ板の床から彼を見上げながら名前を呼んでみる。
両耳をしっかりヘッドフォンで塞いでいる佳主馬くんの返事は勿論ある筈もなく、
前髪の隙間からたまに見える瞳はやっぱりディスプレイに釘付けだ。

私はさっきまで暇つぶしのお供をしてくれていた携帯電話をポケットにしまって
そうして今度は体を起こして彼の後ろに正座してみる。 ・・反応ナシ。


「キングがお忙しいのも判るんですけど、私の夏休みだって無期限じゃないんですよー。」


せっかく佳主馬くんに会えるの楽しみにしてきたのに。
せっかく佳主馬くんとの思い出持って帰ろうって思ってたのに。
せっかくせっかく・・・


聞こえてるのか聞こえていないのか、わざとそうやって溜め息つくみたいに
文句を呟くと佳主馬くんの指捌きが少しだけ、(ほんとに少し!)鈍くなったような。

そうしてちょうどディスプレイの忙しさが落ち着いたのを見計らって
ほっそりした佳主馬くんの腰に両手を伸ばしてぎゅって引き寄せた。
なんだかんだで私よりだいぶ年下の彼の体は少しだけ頼りなく感じる


「・・なに」


私に思いっきり抱き寄せられて半ば後ろに転がるような体勢になった佳主馬くんは
面倒くさそうな声を出しながらずれたヘッドフォンを床に転がす。
佳主馬くん、暇だよ、思い出作ろうよ。と私の願望を要約した台詞をはくと、
彼はなにそれ、と意味が判らないとでも言いたげな顔で私を見上げた。


例えば夜の海辺で二人で語り合うとか、
例えば星が見える草原で手を取り合うとか、
例えば二人で遠くに出かけてみるとか。さ!

なんて思いつきで言ってみたものの、佳主馬くんは嫌だよ面倒くさい、ってばっさり切り捨てた。
じゃあ何ならいいのさ、なんて少しだけ私は考えて、あっと閃いてすぐ口を開いた。



「佳主馬くん、じゃあ、キスしよう」


そう言ったら佳主馬くんは一瞬だけ目をまんまるにして、

そうしてその後すぐにまたいつもみたいな表情に戻って体を起き上がらせた。
それから ふうって、小さく溜め息ひとつ漏らして、「僕を好きだって言うなら、してもいい」だって


嘘みたい!


(2010.10.07 Alice)