先程までパチパチと木の弾ける音を立てていた焚き火も消え、
夜のひんやりとした風と、しんとした空気だけが辺り一面に広がっても尚、私は眠れずにいた。

皆が休んでいる場所から少し離れて腰を下ろし、考えるは今日の出来事。
思い返せば返すほどため息がこぼれてしまう。





「お似合い、なんだもんなぁ…」



抱え込むように引き寄せた自分膝の間に頭を押し付けて
誰に言うわけでもなく、1人そうポツリとつぶやくとますます惨めさが増す気がした。






ダングレストを発とうとしていたエステルが襲撃されたあの時、ユーリが彼女の手をとって剰え魔物の攻撃から庇う為に彼女を抱き寄せた光景がどうしても消化しきれないのだ。

エステルの人生にとってすごく大切な選択の瞬間だったというのに、こんな事でもやもやとしたものを抱えてしまっている私の器のなんと小さいことか。 ユーリがエステルを選んだのなら ちゃんと受け入れなくちゃいけない、頭ではそうわかっていても、心がどうにもついてこないみたい
(一人はギルドのために、ギルドは一人のために。数時間前にそう誓いを立てたばかりだというのに)




「……フレンと一緒に行けばよかったかな…」



崩れた橋の向こう側で苦しげに立っていた騎士様の顔を思い返す。
苦虫を噛み潰したようなフレンの表情を思い出してまたため息をこぼすと、ふいに私の後ろで何かがジャリ、と砂を踏む音が聞こえた (それが誰なのか、顔をあげなくてもわかってしまう自分がまた哀しい)

彼が声をかけるより前に、ユーリ、と小さくその名前を呼べば呆れたようなため息が落ちて来た。




「明日から忙しくなるんだ。ちゃんと休め、って言ったろ?」




子どもを叱るような口ぶりでユーリが言う。
その声はひどく優しくて、ガサガサした今の私の心には少しだけその優しさが辛い。




「…ユーリこそ、今日も1番働いてるのに夜更かししてる」

「俺はちゃんと休んでたぞ。たまたま目が覚めただけだ」




ここ、いいか?って聞きながら、彼は私の返事も待たずに隣に腰を下ろす。
ユーリのトレードマークであるさらさらの黒髪が風に靡いて綺麗


相変わらずもやもやとした感情を抱えたままの私は、胸中の悩みの種である張本人の登場にどうしていいかわからず ただただ俯いて瞬きを繰り返す。 ユーリもまた、そんな私になんと声をかけようかといった様子で口を開こうとしない。

そうしてしばらくお互い無言で夜風に当たっていると、ユーリが少しだけ声のトーンを落とした。



「…んで? なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。」



そう呟いたユーリの言葉に、肩が震える
(聞かれてた、最悪だ…)


膝に埋めたままの顔をそろりと上げれば、いつからそうしていたのか私をじっと見つめるユーリの瞳と視線がぶつかった。
無表情の瞳の奥に、どこか苛々した色が映っている。




「…フレンと行きたかったのか?」



真っ直ぐに私を見るユーリに、たじろぐ。
ちがう、そうじゃない、 そう言いかけて口ごもった

そう言えばきっと、じゃあなんだ ってユーリは聞くだろう。
そうしたらいったい私は彼になんと答えれば良いのか。

あれこれと考えた挙句うまく切り抜ける言葉が見つからず、私はまた俯いて小さく首を振った。



素直に全部話してしまえば楽なのかもしれない。
でもきっと、こんな醜い女にユーリは幻滅するんだろう。





「…つらくて 」


意を決してようやくの思いで私がそう声を絞り出すと、ユーリが細く息を吐き出すのが聞こえる。
ユーリがエステルを、と続けようとした私の言葉を遮って彼が立ち上がって背中を向けた。

突然の行動に驚き 控えめに名前を呼んでみるも、反応はない




「 あいつなら安心してお前を預けられるし、最初からそうしときゃ良かったな」

 …ほんとごめんな。と振り返って苦笑いをこぼす彼に胸がざわざと騒ぐ





「 ユーリ っ」


言うが早いか、手が伸びるのが早いか。 背を向けて行ってしまいそうな彼に私は縋りついた

両腕でぎゅっとユーリの身体を抱きしめて、背中に頬を寄せる。
私が縋るのと同時にユーリの身体に緊張が走ったのが伝わってはっと我に返った私も一瞬で身体中に動揺が広がった。

慌てて距離を取ろうとする私に、ユーリは自分のお腹辺りで組んでいた私の両手をぎゅっと捕まえる
握られた手の温度が、ひんやりとした夜風とは対照的に熱い


すぐ目の前にあるユーリの背中、ユーリの匂い、体温 なにもかもにドキドキしてしまう。







「ユーリ、あのね ・・・私ほんとに嫌なやつなの」


握られたままの両手の温度に心地よさすら感じながら、彼の背中に頬をくっつけて今日感じたことをぽつりぽつりと言葉にする。
私の言葉を聞いてもユーリは何も言わない。 むこうを向いたままの顔がどんな表情をしているのかもわからない。


ユーリが好きなの、大好きなの。

全部全部胸の中に抱え込んでいた思いを吐き出して、最後にそう小さくこぼす







「…明日、一人で帝都に帰るから。 ごめんね」



これで私のユーリとの旅はおしまい。

もともと私なんてここに存在しなかったはずの人間なのだから、これでいいんだ。邪魔者だったのは私。

それじゃあ、おやすみなさい とさよならにも似た響きでその言葉をつぶやくと拘束されていた両手がふっと解放された。
名残惜しさすら感じるそのぬくもりに、鼻の奥がツンとするのを必死で飲み込む(泣くなんて、卑怯だもの)

踵を返して背中を向けて さあ一歩、と足を踏み出そうとしたその瞬間  自ら手放したはずのユーリの体温が、私の体を覆う



「えっ、あ、あの、ユ、ユーリ」



刹那、痛いくらいに抱きしめられて、混乱する。


ユーリの胸の音がドクドクと私の背中に伝わって、さらさらの髪の毛が私の頬をかすめて、震えるような吐息が耳をくすぐって、私はひどくひどく混乱した。
なんで、どうして、こんなことになっているのだろう! 頭で処理しきれない感情が私の顔を熱くさせる
ユーリは相変わらずなんにも言わない。 なんにも言わずにただただ私を腕の中にきつく閉じ込める
あの、その、と言葉にならない訴えの言葉をおろおろと投げてみても、彼は頬を摺り寄せるだけで。







それからどのくらいユーリに抱きしめられていたのか、ふいに小さなためいきをついた彼がようやく私の体を開放する。

腕をひかれてそろそろと振り返れば、そこに居たのは今までに見たことのない顔のユーリで、落ち着きを取り戻しつつあった私の顔の温度が、また上昇するのが判った








「改めて言わなくても伝わるだろ ・・・なんて、自分勝手すぎたかもな」




そう言ってユーリが苦笑いする。




「好きだぜ、








それは真夜中の出来事

あらあら、幸せそうな顔しちゃって
やっぱりユーリとは両想いだったんですね!
……フレンが知ったら泣くんだろうなあ…。
(覗き見3人衆)


(2013.06.18 Alice)