「あーだり」








行く当てもなく夜の町をフラフラ覚束無い足取りで歩く。
ここ何日かもう家にも帰ってないし、携帯は充電切って部屋におきっぱなし。
静寂とか暇なのが怖くて、俺は耳元につけた音楽プレイヤーの音をまた少し上げる

どうしてるか、とか、会いたいとか、でも会ってなに話すんだとか
色んな事をぐるぐる考えて、でも結局答えは出なくて
今俺を見てどんな顔をアイツがするんだろうと思うと恐ろしくて向き合う気にもなれなかった。







「御柳君 ね、全部忘れてしまっているのよ」






事故後数週間たってアイツの家に恐る恐る行って見たとき、
アイツのお袋さんが哀しい顔をしてそう言って笑ったのを今でもよく覚えている。
あの日 あんなに泣きじゃくって取り乱して、暴れてたとはまるで別人みたいに落ち着いていて
そして俺のことをみて嬉しそうに笑ったんだ。「みぃちゃん」って








「!!」








ピタリと足を止める、身体は逃げ出したくて嫌な汗をかいているのにそれ以上動き出せない。
何故なら、俺の腰にがっちりとしがみつく良く知った腕があったから

「みぃちゃん」やめろ「逃げないで聞いて」やめろ、やめてくれ「あのね、私」やめろ





「やめ」
「私、お兄ちゃんのこと思い出したよ」







身体中の血液が逆流してるんじゃないかって位、自分の中から血の気が引いていくことが判る。
必死に逃げ出そうとする俺を捕まえる腕に、一層力がこもって

から発せられた決定的な言葉に、俺はもう何も言えなかった






「ごめんね、私ずっとみぃちゃんに辛い思いさせてたよね」


なんで



「辛くて辛くて記憶丸ごと忘れちゃうなんて、 ホント 子供だよね私」


なんでだ






「でも私は、お兄ちゃんがみぃちゃんを生かしてくれたこと 本当に嬉しく思ってる」

「なんでだよ!!!!」






自分でも驚くくらいの大声。
流石にもそれには驚いたのか、一瞬力が緩んだのを見計らってその腕から強引に脱け出す。
が、そこまでは良かったものの、自分が思ってる以上に身体がきちんと機能しておらず
思わず縺れた足の所為で、俺は尻餅をつく羽目になる。




「だ、大丈夫?みぃちゃん」


反動での方へ振り向く形の着地となってしまい、久しぶりにその顔を見て鼻の奥がツンと痛むのを感じた。

 なんで、 なんで、 なんで   なんで なんで  なんで






「なんでそんな優しくすんだよ、大神さんじゃなくて俺が死んだ方が良かったに決まってんだろ!!」



バチン


乾いた音があたりに響いて、一瞬なにが起きたのか理解できなくなる。
先程まで強がった声を出していたはついに泣き出してしまっていて、 その右手は何故だか真っ赤になっている。




「私はこんなにみぃちゃんが大好きなのに、 どうして そんなこと言うの」



ああ、俺叩かれたのか  そう理解した瞬間堰を切ったように視界が歪んだ。












ごめん、大神さん   ごめん

あんなに泣かすなって言われてたのに、俺が一番コイツを泣かせてる




(2010.10.30 Alice)